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《なでしこの余韻》 2011-7-21 Thu. [サッカー]


今だにスポーツ新聞を読んだり録画を見たり、仕事もうわの空に優勝の余韻にひたっている。
男子の長いワールドカップの歴史を含めても、これほどの名勝負を繰り広げた決勝戦が
あっただろうか。
驚異的なパワーとスピードを武器にダイナミックなサッカーを見せつけたアメリカと
華麗なパスワークと創造性豊かなサッカーを粘り強く続けた日本。
長所を消し合うことなく、存分に出し合った、長く記憶に残る決勝戦だった。

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それにしても、アメリカのシュートが何故あんなにはずれたのか?
何か「大きな力」が働いたとしか思えない。
選手たちの震災被災者たちを想う心が、その「大きな力」に届いたのだろう。

岩手出身の岩清水が試合後、メッセージを書き添えた日の丸を掲げた。

 東北のみなさんへ
 忘れたことは、ありません。
 いつも自分にできることを考えています。
 今回「良い結果を届ける」、その一心でした。
 メダルを持って、みなさんのところへ会いに行きます。
 待っていてください。

決勝前夜に書いたのだろうか。その姿と思いに熱いものがこみ上げてくる。
なでしこには、決勝というプレッシャーより、先に考えるべき大きなものがあったのだ。

岩清水は終了間際にレッドカードをもらった時、抗議することなく潔くピッチを去った。
決して汚いファウルではなく、せいぜいイエロー止まりだった。
あのプレイが無かったら、日本は負けていただろう。
チームメイトも皆それがわかっていて、岩清水に「サンキュー」と声をかけたという。
まったく素敵な連中だ。

プロとはいえ、アルバイトをしないと食っていけない女子サッカーの選手たち。
澤でさえ、年収は400万ぐらいだという。
醜いシミュレーションもなく、故意に足を踏みつけるような汚いファウルもなく、
見苦しい抗議もない。
地道な生活を続けながら、ひたすらサッカーを愛し、
女子サッカーを広めたいと強く願いながら努力を重ねてきたなでしこたちを、私は尊敬する。

帰国後、テレビに引っ張りだこのなでしこ。
太陽と土の匂いをプンプンさせ地に足がついた彼女らの存在感に比べ、
女子アナたちの何と薄っぺらなことか。
女遠藤、アヤットこと、宮間あやは言った。

「フィーバーはすぐ終わる。ただのフィーバーで終わらせないためには
 ピッチで表現し続けることが大事。地道な努力が環境を良くしていく。」

またロンドン・オリンピックで、可憐でたくましい花を咲かせてほしい。


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《女子W杯:なでしこ vs アメリカ》 2011-7-18 Sun [サッカー]


前半終わって0:0。アメリカがシュートをはずしまくり助かっている。
だんだん日本も緊張が取れ、アメリカのサッカーにも慣れてきて
ボールがつながるようになってきた。イケるぞ!

あ~~後半22分、カウンターで裏をとられゴールされてしまった。
安藤、大野に代え永里、丸山を入れて間もなくだった。やっぱりアメリカは底力がある。
守備も強いし速い。今までのようにはいかないなあ。がんばれ!

やった!35分、ゴール前で丸山が粘り、焦ったアメリカDFのクリアを宮間がうまくカット、
左足アウトでゴールに流し込んだ。同点!!!

その後、何度かチャンスを作ったが決められず。アメリカは放り込むだけ。
延長だ!

あ~、延長前半終了間際、1点目を決めたモーガンにサイドを切り崩され、
センタリングをワンバックに頭でやられた。1:2。これは、敵ながら見事。
なんとか意地を見せろ!

後半9分、澤がDFの裏へ絶妙なパス。近賀が走りこんだが、惜しくもはずす。

11分、左コーナーを澤が右足のアウトでうまく流してゴーーーール!!同点!!!
澤、今大会の得点王だ。それにしても、すごい試合だ、なでしこ、すごい。

13分、丸山に代わって岩渕投入。ドリブルで切りさけ!アメリカは疲れているぞ!

あー、ロスタイム、岩清水がモーガンの突破を身体で止めたが、一発レッドで退場。

同点のまま終了。PK戦だ。円陣を組んだなでしこに笑顔が見える。すごい。

アメリカが2人続けてはずした!宮間は決めたが、永里は、はずした。
アメリカ、3人目もはずす!海掘は蹴るまで動かないのがいい。
よし、3人目の阪口は入れた。
4人目、アメリカ入れた。そして、日本、熊谷、入れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
優勝、信じられない!!!もう、あたしゃ泣けましたわ。おめでとう。


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《女子W杯:なでしこ vs スウェーデン》 2011-7-14 Thu. [サッカー]

3:1で完全勝利!決勝進出!!
DFのパス回しのミスで先制点を入れられたが、落ち着いて見ていられた。
だって選手はみな余裕持ってやってたからね。
澤なんて入場前に子供たちとふざけ合ってたからなあ。
王者のサッカーを日本をやった。ドイツに勝ったのが大きな自信になったようだ。
おめでとう!

永里に代わって初めて先発した川澄が2得点。特に2点目の超ロングシュートは素晴らしかった。
そして、澤。相手のクリアーをヘッドで押し込んで大会4点目。
日本は間違いなく、今大会で一番魅力的なサッカーをやっている。
さあ、アメリカに勝って、優勝しよう!


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《女子W杯:なでしこ vs ドイツ》 2011-7-10 Sun [サッカー]

前半終わって0:0。大丈夫、いい試合ができている。
早めのチェックでドイツに攻めさせていない。このままいくぞ!

後半開始から永里に代わって丸山、20分に大野に代わって岩渕投入。
こっから、こっから、ドイツが前へ出てきたところを、カウンタードリブルで切りさけ!

後半の後半は押されっぱなしだが、よくしのいでいる。
あ~、延長だあ。双方、疲れている。

延長前半、開始早々、澤が負傷。ピッチに戻ったが痛そう。
怖いのはバックラインでのパスミスだ。クリアーは、はっきりと。

延長後半、がんばった、苦しめたという結果はいらない。勝とう!

3分、DFの裏に抜け出した丸山へ、澤が絶妙のパス。
角度のないところ、丸山が落ち着いて左隅へ決めた!!!

もうドイツはパワープレイだけになった。会場の後押しがすごい!負けるな。
10分、身体負けしている岩渕に代え、宇津木投入。

ロスタイム1分!最後だ。

やったあぁぁぁぁぁぁ、勝った、勝った。ドイツに勝った。ベスト4だ。よくやった。
宮間は「根拠はないけど、勝てる気がするんですよね」と言ってたそうだが、
根拠はあるぞ。パス回しのサッカーを自信を持って貫き、走り続けたこと。それに尽きる。
次だ!

今日の殊勲は、やっぱり澤。
チャンスの芽をつぶし、仲間を鼓舞し、たった一度のチャンスに正確なアシストを決めた。
あっぱれ!
今まで3試合、カードをもらっていなかったが、今日はイエロー4枚。
激しくファイトした証しだ。これも、あっぱれ!


P.S. 準決勝の相手は、オーストラリアを3:1で破ったスウェーデンになった。
    スピードがあってパワフル。ドイツに勝って満足していたら、負ける。勝つぞ!!


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《再訪!べスの庭》 2011-7-07 Thu. [ベス・チャトー]

6月中旬、3年ぶりにべスの庭を訪れた。
庭は以前と変わらぬ優しい空気に包まれていた。

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突然の来訪にスタッフは驚きながら、暖かく迎えてくれた。
覚えてくれていて、幸せだった。

やがてべスが外出から帰ってきた。
体調がすぐれないようで、わずか10分ぐらいしか話せなかったが、
3年という時間など無かったかのようだった。
未曾有の震災に見舞われた日本をひどく心配し、気遣ってくれた。
彼女に出会えた幸せをかみしめながら、庭を後にした。

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《逝きし父へ》 2011-7-06 Wed.  [雑感]

6月7日、朝8時25分、父は逝った。
米寿を迎えて間もなくだった。
母の時は“亡くなった”と書いたが、今回は“逝った”と思える。

昨年、正月、父は年賀状の宛名がうまく書けなくなっていた。
それから次第に好きだったテレビも何を言っているのか理解が難しくなっていった。
お金の勘定もできなくなっていった。
電話もかけられなくなった。
できないことが、少しずつ、少しずつ、増えていった。
そして7月、現実と夢の間をさまようようになった。
大好きだった父の笑顔が、消えていった。
どうすることもできない。ただ見守るしかなかった。
不治の病、不慮の事故や天災に逢わずとも、人は老いて死に向かう。

今年5月、うららかに晴れた最後の日曜日、その日が父との別れになった。
もはや食事も取れなくなって、顔も体も一回り小さくなり、
足や腕は枯れ枝のように細かった。
手を握り、足をさすり、おでこを撫でる。父は何も言わず、どこか遠くを見ていた。
もう俺がわからないのかなあと寂しい思いで病院を後にした。
しかし一緒に行った家人によれば、病室に入った時、
父は私を見て涙目になっていたという。
それを聞いて少し救われた気がした。ごめんな、気がつかなくて。
会うたびに変わり果てていく父を、私はちゃんと正視することができなくなっていた。

父が逝ったのは、その1週間後。母と同様、死に目には会えなかった。
でも、穏やかな気持ちで受け止めることができた。
子供も、孫も、ひ孫も、全員元気なうちに見送れたのだから。

葬式を無事終え、父と母が暮らした家に集まった。
両親、祖父母、曾祖母の写真がずらりと並んだ仏間で、お参りをした後、
アルバムを引っ張り出し、父や母の若い頃、我々兄弟の小さい頃の写真を眺め、
笑いこける孫たち。思い出話に花が咲く。
そんな様子を眺めていた姉が、この家を、このまま、できるだけ残すと言った。
感謝!私にとって、両親の家こそが故郷なのだから。

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母が亡くなって1週間後、父は、こんな文章を書いた。

 今度ほど皆の愛情を知らされたことはありません。
 お母さんのおかげで、みんなが集まって暮らしたこの一週間、
 本当に嬉しく夢のようです。
 本当にありがとうございます。今、唯一の願いは身体を大切にして、
 今回お母さんを見送ってくれたように私もお願いしたいということだけです。
 他のことは何もありません。
 私より先に死んではいけません。
 私らは小さい時から極楽、地獄は先の話ではない、
 今現在救われているかどうかが大切だと教えられました。
 お母さんは「今死んだら一番幸福です」とよく言っていた。
 おそらく喜んで浄土に行ってくれたことでしょう。
 苦しい時があっても、母はこんな時どう思っていたかを考えてくれたら
 間違いありません。私の願いも同じです。
 みんな身体を大切にして、機会があれば又集まってください。
 本当にいろいろの心遣いありがとう。
 ありがとうございました。            
                     平成16年12月5日 午前5時、記す


オヤジさん。
我がままで、好き嫌いが激しくて、情にもろくて、子供っぽくて、
憎めない人だったオヤジさん。
あなたを思い出すと笑うことが多いです。これは幸せなことですよね。
母が亡くなってから6年半、寂しかったろうし、つらかったろうけど、
よくがんばって生きてくれました。
特に最後の1年間、次第に自分の意志では動けなくなっていく中で、
あなたがどんな思いでいたのかを考えると、胸が張り裂けそうです。
でも、老いてゆくあなたを見つめながら、
私は、たくさんの大切なものを受け取りました。
本当にありがとうございました。
今頃は、おふくろさんに、また怒られていますかね。もう寂しくはないよね。



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