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《アラブ撮影日誌8:トラブル続きの蒸気機関車》 2010-4-30 Fri [世界の車窓から]

シリア・ロケの最終日、首都ダマスカスの郊外を観光客を乗せて走る蒸気機関車を撮影する。
出発前の準備風景から撮り始めたのだが、何やら機関車の調子がおかしいという。急きょ別の機関車の釜を暖め始めたのが、すでに出発予定時刻の1時間前。間に合うはずはない。しかしスタッフたちは悪びれる様子も焦る様子もなく、歌なんか歌いながら作業している。これはもう国民性の違いというしかない。その後、驚くべき光景が目の前に現れる。故障した機関車に連結してあった客車を、一両一両数人で押しながら切り離し始めたのだ。けっこう人の力で動かせるもんなんだねえ。もう目がまん丸。ようやく蒸気機関車の準備が整い、客車を連結する段階になったが、ここで、またトラブル発生。故障した機関車が線路の切り替えポイント近くに止まっていて、このまま進むと接触してしまう。ここで彼らは驚くべき解決法を見せてくれた。2台の機関車の先頭をチェーンで結び、正常な機関車をバックさせながら故障した機関車を引っ張ったのである。実に乱暴、しかし一番簡単で効果的。

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無事客車を連結し、乗客を迎えに駅へ向かう。
ここで、更なるトラブル発生。線路のそばに車が違法駐車していて通れないのだ。この蒸気機関車が走る線路は町中にあり、しかもツアーの予約が入った時にしか走らないので、線路のスペースが格好の駐車場になっているのだ。ここでも彼らは強引に解決を図る。数人で車を半分だけ持ち上げ、ググッと乱暴に動かしたのだった。数々の困難を乗り越え、そして出発予定時刻を2時間半も遅れ、観光客を乗せた蒸気機関車は1時間半の旅に出発した。乗客には迷惑な話だが、我々にとってはネタが豊富な、ありがたい撮影だった。

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今回のシリア・ロケでは観光省から一人撮影に同行していた。それも23歳の美女。
これにはみんな舞い上がりましたねえ。男所帯のむさいロケ車の中にパッと花が咲いたよう。それにしても、2週間以上も若い女性がひとり、家族でもない、それも異国の妙なオッサンたちと寝食を共にするなんて、イスラムの国では普通考えられない。役所も、そして彼女の両親も、欧米的な考えを持っているということか。彼女の名前はラシャ。いつも背筋をピンと伸ばし、車での長い移動の最中も決して居眠りせず、怖そうな軍人に囲まれた時も負けずに意見を言い、我々の撮影を擁護してくれた。感謝、感謝。シリア大好き人間になってしまった私。結局、国のイメージって接する人の影響が一番大きいのだ。今度来るのは、いつの日か。また20年後というと、70代の半ばかあ・・・無理だな。

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《アラブ撮影日誌7:ユーフラテスから地中海へ》 2010-4-24 Sat [世界の車窓から]

シリアの北東部を流れるユーフラテス川。
チグリス川と共に古代メソポタミア文明を育んだ川。世界史の教科書にそう書いてあった川が、今、目の前を流れている。何だか不思議な気分。5000年前の人間の歴史と、私の40年前の記憶。この差は大きいが、どちらもユーフラテスが持つ悠久の時間に比べれば、ほんの一瞬に過ぎない。自宅近くを流れる荒川の川幅よりも狭いのに、“滔々と流れる大河”と言いたくなる威厳がある。まあ私の思い込みが激しいからかも。周囲が荒々しい岩山に囲まれているせいも、あるかも知れない。岸辺を走る列車が、何だかチャチに見えた。

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翌日、ユーフラテス川の中流域に位置するデリゾールという町からアレッポへ。
またも例の韓国製列車。ハイハイ、乗りますよ。朝から霧が立ち込め視界が悪く不安だったが、ユーフラテスが車窓に現れる頃には少し晴れ、川の流れや岩山の上に佇む古城が撮影できた。ラッキー! 世界中どこに行っても、川とか海が車窓に現れると何だかうれしい。親しい友が一緒に旅してくれているようで、心が和む。水の流れというのは見ていて飽きることがない。海や川をいつも身近に感じている日本人だからか、それとも、遠い遠い昔に水中で生まれた原始生命体の遺伝子の記憶が、我々人間の中にも残っているからか・・・考え過ぎだね。

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アレッポに到着した翌日、地中海に面したラタキアへ向かう。
今度はディーゼル機関車が牽引する旧式の列車。窓も開けられ、カメラを外に出して気持ちよく車窓が撮れる。乗客も気取らない素朴な人ばかり。途中険しい山間を走り、トンネルや橋が幾つも続いて、変化に富む車窓が撮れた。ウキウキ気分でラタキアに到着。ところが、何やら上からのお達しで海を撮っちゃいけないという。理由は明らかにしてくれない。これもまた軍隊がらみのお達しか。途方に暮れていたらラタキアの観光省の人が親切で、海岸沿いのレストランのテラスからならいいいと言ってくれ、無事、地中海の映像が撮れた。なぜ、そこからならいいのか、これも理由はよくわからない。まあ深く追求しても疲れるのでやめた。中東の国での撮影は神経を使うが、人々は皆ほがらかで親切だった。体力も記憶力も年々衰える一方の“哀しき中年撮影隊”ではあるが、トラブルを楽しむ余裕はある。いや、単にあきらめが早くなっただけかも。

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《アラブ撮影日誌6:大らかなシリア、しかし・・・》 2010-4-19 Mon [世界の車窓から]

シリアも20年ぶりの入国。やっぱり何にも覚えていない。エッヘン。
シリアはイスラム教徒が人口の9割を占める国。しかしサウジアラビアとは全く違い、酒は飲めるし、女性の顔も拝むことができる。中にはスカーフをせず髪の毛を露出している女性も少なからずいる。ひと言で言うなら“自由”があった。でも、それは欧米的な価値観であって、サウジの女性が不自由を感じているかどうかはわからない。かえって女性の居場所がはっきりしているので、安全で暮らしやすく思っているかも知れない。

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首都ダマスカスからアレッポへ向かう列車に乗る。
2007年に導入されたという韓国製のモダンなディーゼル列車がホームで待っていた。列車だけでなく乗用車、大型バスも韓国製が多かった。何やってんだ、ニッポン。長年のサッカーファンである私は韓国に対して根深い敵愾心を抱いている。これまで韓国に何度ワールドカップ出場を阻まれてきたことか。一瞬乗るのをやめようと思ったが、それも大人げないなと思い、我慢した。残念ながら、とても快適な列車だった。そして、とても大らかな列車であった。特に運転席が。携帯音楽プレーヤーに入れた自分の好きな音楽を業務用のマイクに通し、大音量で聴きながら、時には歌いながら運転していた。スイッチを切り忘れたのか、音楽は客室にも流れていた。さらに湯沸かしポットまで持ち込んでコーヒーを飲み、タバコも吸っていた。どこへ行っても禁止だらけの日本とは大違い。心底うらやましいと思う。まあ列車の本数が少なく、分刻みのスケジュールで走っていないからできるんだろうけど。駅のホームでタバコを吸っていた時、吸殻を携帯灰皿に入れていたら、駅員に感謝された。みんな線路にポイ捨てするんで困っているそうだ。日本も昔はそうだったなあ。

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シリアの自由な雰囲気を楽しんでいた我々スタッフ。
だが、その認識を変えざるを得ない事件が起こった。シリア伝統の土の家が数多く残る村と列車の走りを撮っていた時だ。突然、軍隊の人間がやってきて撮った映像をすべて見せろと言う。周辺に軍の施設があって、それが映っている映像は消せと言うのだ。前日に我々は下見をし、村人たちにも撮影の許可を得ていた。周辺にそれらしい施設は、どこにも見当たらなかったのだが・・・しかたない、見せた。そしてワンカット、正面から迎えて撮った列車の背景に何でもない家並みが映っていた、それが軍の施設なのだという。えっと耳を疑う。別に戦車や大砲、レーダー、兵士が映っているわけではない。軍の関係者以外、誰もそれとわかるはずがない。我々にとっては理不尽な話だが、それが彼らの仕事なのだと割り切るしかなく、泣く泣くその映像の上にカラーバーを録画して消した。後で知ったことだが、村人の誰かが軍に通報したらしい。普段は表面に出てこない、シリアのもう一つの姿を知った貴重な体験だった。

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《アラブ撮影日誌5:窮屈なロケ》 2010-4-15 Thu [世界の車窓から]

カイロ駅からアレキサンドリアへ向かう列車に乗り込む。
エジプトの鉄道は今や世界中で一番撮影の規制が厳しくなってしまった気がする。鉄道省の人が常にカメラの近くにいて、あれを撮るな、これを撮るなという。細かくは書けないが、乗客の撮影も彼らが先に交渉し、彼らの許可を得た人しか撮影できない。それにずっとカメラのそばにいるから自然な表情は撮りづらく、カメラを見たままの記念写真のような表情しか撮れないことが多かった。さらに途中駅に着いてもホームにいる警官が撮るなと言いながら集まってくる。ストレスはたまるが、仕方がないね。テロを警戒してということもあるし、自分の国の汚い部分、貧しい部分を見せたくない、少しでも良く見せたいとという気持ちもあるのだろう。それはわかる。ただ経済的に豊かでない国の人々の方が、豊かな、いい表情を見せることが多い。我々が失くしてしまった、たくましさ、人間臭さがある。それが撮りたいから世界を回っているところも、この番組にはあるんだけどね。まあ説明しても、わかってはもらえなかったけど。

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アレキサンドリアでは真っ青な地中海と数々の遺跡を撮ったが、
一番面白かったのがトラム、路面電車だった。開業して150年という長い歴史を持ち、大人も子供も、どこまで乗っても一人およそ4円という安さ。それでもタダ乗りしている輩がいた。鉄道省とは関係ない撮影なので、自由に撮れるのが嬉しかった。路面電車が走る町は、なぜか親しみがわく。そのレトロなスピード感が年寄りに優しいし、道端からひょいと乗る気軽さがいい。町が巨大な遊園地のように感じられる。さらにアレキサンドリアにふさわしい名前の駅を見つけた。クレオパトラ駅。アレキサンドリアはプトレマイオス朝時代の首都で、その最後の女王だったクレオパトラが暮らした町だ。他の駅は実用一点張りの何の装飾もない駅だが、クレオパトラ駅だけは別格。愛と美の女神アフロディーテが乗ったホタテ貝をイメージさせる優美な屋根、そして神殿のような柱。死後2000年以上たつのに、クレオパトラの威光は未だアレキサンドリア市民の心に根強く残っているようだ。もし邪馬台国がどの場所にあったのかがはっきりしたら、その町に“卑弥呼”という名の駅が・・・できるかなあ。

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《アラブ撮影日誌4:砂漠で震度7?》 2010-4-14 Wed [世界の車窓から]

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カイロのアイン・シャムス駅からスエズへ向かう列車に乗る。この列車が、すごかった。
何がすごいって、ボロボロなんですよ、ハイ。あのうるさい鉄道省が、よく撮影を許可したなと思うくらい。まず、客車の窓ガラスがほとんどない。こんなに車窓が撮りやすい列車は世界中を探してもないかも知れない。座席も通路も砂埃がたまっていて、腰を下ろす気にならない。走り出して、また驚く。揺れる、揺れる。しかも横にではなく、上下に。防災訓練で地震体験車というのがあるが、その時に体験した震度7よりも揺れた。よく脱線しないよなあ。こういう時って、人は恐怖を感じるより笑ってしまうものらしい。乗客たちと顔を見合せ笑った。初めてエジプトの人と心が通い合った瞬間。ホントに脱線したら笑えないんだけどね。砂漠地帯に入ると車内に砂塵が入ってきて、もうたまらん状態。布で顔を覆っている人もいた。この路線の沿線には軍事施設が多く、撮っちゃダメの時間も長かった。シリアもそうだったが、別に何の変哲もない建物があるだけなんだが・・・。汗と砂で顔も髪の毛もグダグダになった2時間半の旅は、あっという間に終了。エアコンの効いた窓が開かない、とりすました顔の乗客ばかりという列車に比べたら、天国のような列車ではあった。

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スエズと言えば、スエズ運河。これが撮れなくては来た意味がないのだが、撮影不可。
しかもスエズ湾の海岸線もダメ。要するに海の画が全く撮れない。これには、まいった。しかたなく町中で、カメラを向けるとキャーキャー笑いながら逃げ回る学校帰りの女学生を追う。これで番組になるのか・・・わかりまへん。その後、カイロへ車で戻りながら砂漠を走る列車を撮ろうとしたのだが、軍の施設があちこちにあるので、ずっと撮影に同行している情報省の人のOKが出ない。ようやく何の建物も見えない場所を見つけたが、それでも首を縦にふらない。軍の関係者に見つかって問いただされるのを恐れているのだ。その日はあきらめるしかなかったが、後日、エジプトを去る前日に、もう一度頼み込み撮影することができた。2週間、寝食を共にして情が通ったせいだろう。最初はロバに乗った人さえ撮影NGだとピリピリしていた彼が、次第に何も言わなくなり、機関車の運転室の撮影を許可しない鉄道省の人間とも粘り強く交渉してくれ、撮影を可能にしてくれた。最後は、やっぱり人間関係、信頼関係だなあ。エジプトで出会ったどの人より彼の顔は記憶に残るだろう。名前は忘れてしまった、すんまへーん。

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《アラブ撮影日誌3:古代遺跡もいいんだけど・・・》 2010-4-12 Mon [世界の車窓から]

20年ぶりにエジプトに入国。
前回はアレキサンダー大王の足跡を辿る番組の撮影で来たのだが、ほとんど覚えていない。カイロからルクソール、アスワンへ向かう。ギザのピラミッド、スフィンクス。ルクソールのカルナック神殿、王家の谷、メムノンの巨像。そしてアスワンのイシス神殿。古代エジプトの遺跡がてんこ盛りの路線。それなりにすごいと思うのだが、さほど心が動かなかったのは年のせいか、テレビや写真で見慣れてしまったせいか。20年前はスフィンクスが修復中で、カバーがかけられ顔しか見えなかった記憶がある。だから撮影もしなかった。今回は足元も体も撮影できたのだが、意外に顔が小さく、前足が妙に長い。けっこうバランスが悪いなと思った。

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私が惹かれたのは次の3つ。ひとつはミニヤの聖処女教会。4世紀に建てられたという古い教会で、まるで石窟寺院のような荒々しい造り。石柱に残されたままの削り跡が生々しい。華美な装飾が一切無いので、より聖なるものを感じた。次に水路の渡し船。ナイル川沿いの穀倉地帯には灌漑のための水路が発達しているのだが、近くに橋が無い地域も多い。そこで考え出されたロープ式の渡し船。エンジンもなく櫓でこぐ必要もない。水路の上に渡したロープを手でたぐりながら船を動かす。これそ究極のエコ・ボートだ!と思わず笑顔。“♪つれて逃げてよ~”と口ずさんでしまった。

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最後はサトウキビを運ぶトロッコ列車。4月のエジプトは収穫の最盛期。
あちこちでサトウキビを運ぶロバやトラクターを見かけたが、ルクソールからカイロへ車で戻る途中、偶然トロッコ列車を見つけ、あわてて車を降り、走りながら撮影した。貨車に山盛りに積まれたサトウキビの上に乗り、笑顔で手をふる少年たち。何とも気持ち良さそうで、一緒に乗りたくなった。今度は♪Stand by Meのメロディーが頭をよぎる。インターネットで様々な情報が瞬時に得られる時代だけど、実際にその国に行って見なければわからないことは、たくさんある。こうした風景に出会うたびに、この仕事をやっていてよかったと思う。あ、もうひとつ思い出した。列車内のデッキで礼拝をしていた人を撮っていた時のこと。イスラム教の礼拝はサウジアラビアにある聖地メッカに向かって行うのだが、携帯電話でメッカの方角を知ることができるようになったと自慢していた。時代だねえ。古いものと新しいものが渾然一体となっているエジプトが、こんな所にも見えた。

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《アラブ撮影日誌2:砂とイスラム戒律に苦戦》 2010-4-1 Thu [世界の車窓から]

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ダンマームからリヤードまで2日かけ、車で戻りながら列車の走りや風景を撮影した。
が、スタートからつまづく。砂漠でも何でもない町中の、線路沿いの未舗装道路で、溝に溜まったわずかな砂にタイヤをとられ車がスタックしてしまった。ロケ車が四駆ではなかったことが判明。なんてこった。もう1台の車で撮影に同行していた情報省の人がレッカー車を呼びに行ってくれた、と思っていたのだが、やってきたのは工事用の大型クレーン車。重すぎて砂にはまりそうになり、我々の車に近づけない。持ってきたロープも短くて届かない。やがて列車が来る時間になってしまい、撮影ポイントとしては全然良くなかったが、撮影せざるを得なかった。その後、自動車の修理工場から呼んできたという(最初からそこへ頼めよ!)四駆の乗用車がやってきて、ロープをつないで引っ張り、ようやく砂から脱出できた。すでに昼近くになっていた。

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飯が食える所を探したが、ここで、またもや苦戦。
お昼の礼拝のためにレストランはみんな閉まっていて30分は待たなきゃいけないという。じゃあマクドナルドなら、と思って行ったら、やはり閉まっている。再び、なんてこった。全然ファースト・フードじゃない。マックがこの国にあること自体、驚きだが。礼拝問題は、その後も常につきまとった。昼食時だけでなく夕食時にも礼拝がある。中華料理屋なら開いているだろうと思ったが、同じこと。働いているのは、ほとんどイスラム系のアラブ人だった。いやはや、恐るべしサウジアラビア。得難い体験をさせてくれて、本当にありがとう。撮影4日目にして、すでに日本へ帰りたくなった。楽なヨーロッパ・ロケを若者に行かせ、なぜ年寄りを難しい国へ行かせるのだ、と某プロデューサーを恨めしく思ったりもした。

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